2024年3月、山口県下関市の旭洋造船株式会社で竣工した国産捕鯨母船「関鯨丸(かんげいまる)」は、共同船舶株式会社が建造した日本の新たな旗艦です。
安全性・衛生面・環境への配慮を徹底し、捕獲から解体・冷凍・保管までを一貫して行える次世代型捕鯨母船として誕生しました。
本記事では、その誕生の背景と、最新設備・船内機能の全貌をご紹介します。
国産捕鯨母船「関鯨丸」とは?
「関鯨丸」は、日本が誇る最新の国産捕鯨母船であり、共同船舶株式会社が建造・運航する大型母船です。2024年に竣工し、前任の「日新丸(にっしんまる)」に代わって、日本の商業捕鯨を支える中核船として就航しました。

母港は山口県下関市。捕獲したクジラを船内で解体・冷凍・保管・加工まで一貫して処理できる構造を持ち、まさに「海上の捕鯨工場」とも言える存在です。従来の捕鯨母船よりも衛生管理が強化され、船内の解体作業を屋内化したことで、品質維持と効率化の両立を実現しました。
「関鯨丸」は、IWC(国際捕鯨委員会)脱退後に再開された日本独自の商業捕鯨体制の象徴でもあります。鯨肉の安定供給を担うだけでなく、捕鯨文化・伝統産業の継承、そして地域経済への貢献という面でも重要な役割を果たしています。
さらに、最新の航海支援システム、省エネ型エンジン、通信設備などを導入し、安全性・環境性能・乗組員の快適性を大幅に向上。日本の造船技術と捕鯨文化が融合した、次世代の母船モデルとして国内外から注目を集めています。
「関鯨丸」誕生の背景と開発経緯
「関鯨丸」は、老朽化した前任母船「日新丸」の後継として建造された国産捕鯨母船です。2019年に日本がIWC(国際捕鯨委員会)を脱退し、商業捕鯨を再開したことを受け、共同船舶株式会社が中心となって建造を決断しました。長年にわたり日本の捕鯨を支えてきた「日新丸」は老朽化が進み、安全性や衛生面の改善が急務とされていました。

建造は山口県下関市の旭洋造船株式会社が担当。2023年2月に安全祈願式が行われ、6月に起工、9月に進水、そして2024年3月に竣工しました。国内で建造された唯一の捕鯨母船として、国産技術の粋を集めたプロジェクトです。
新船には、改良型スリップウェイや屋内解体システム、温度帯別の冷凍保管設備など最新技術が導入され、作業効率・衛生面・安全性が大幅に向上しました。「関鯨丸」は、商業捕鯨の再出発を象徴するとともに、日本の捕鯨文化を次世代へとつなぐ新たな旗艦として誕生したのです。
「関鯨丸」の主要スペックと特徴
「関鯨丸」は、全長約112.6メートル、幅約21メートル、総トン数9,299トンの日本最大級の捕鯨母船です。乗組員はおよそ100名。捕獲から解体・冷凍・保管までをすべて船内で行える「海上工場型」の設計となっており、効率的かつ衛生的な運用が可能です。
航行性能にも優れ、最大速力は約15ノット。北太平洋や南氷洋といった広大な海域でも安定した航行を実現します。エンジンには省エネ型ディーゼル機関を採用し、燃費性能を向上させるとともに、排出ガス削減にも配慮した環境対応型の仕様となっています。
船内設備には、改良型スリップウェイや世界初の大型天井クレーンをはじめ、屋内解体ラインや40基以上の冷凍コンテナによる温度帯別保管システムを搭載。これにより、鯨肉の衛生管理・品質保持・作業効率のすべてが従来の母船より大幅に進化しました。
さらに、航海支援システムや通信設備も一新され、操船の安全性と情報共有のスピードが向上。居住区には個室化を進めた乗組員用キャビンや共用ラウンジなども整備され、長期航海中でも快適に過ごせる環境が整っています。
このように「関鯨丸」は、高い機能性・快適性・環境性能を兼ね備えた次世代捕鯨母船として、捕鯨産業の未来を支える象徴的な存在となっています。
船内設備と最新技術の全貌
「関鯨丸」は、従来の捕鯨母船にはなかった最新設備と革新的な技術を多数搭載しています。その設計思想は「安全・衛生・効率・環境」のすべてを高次元で両立させること。捕獲した鯨を船内に引き揚げ、解体・箱詰め・凍結までを海上で一貫して行う移動型の処理拠点として設計されています。
捕獲から解体、冷凍、保管、航海、そして乗組員の生活環境に至るまで、あらゆる工程をアップデートした次世代型捕鯨母船となっています。
ここでは、船内に導入された注目の新機能を順に紹介します。
世界初の大型天井クレーンと改良型スリップウェイ
「関鯨丸」には、世界で初めて導入された大型天井クレーンが搭載されています。これは、捕獲したクジラを安全かつスムーズに船内へ引き上げるための新機構で、従来のデッキ上での吊り上げ作業に比べて、作業効率と安全性を大幅に向上させました。

さらに、クジラを船上へ揚げる際に使用するスリップウェイ(揚鯨台)は、従来の35度から18度へと傾斜を緩和した改良型を採用。これにより、大型クジラの揚げ上げ作業がより安定し、荒天時でも安全な搬入が可能になりました。

これらの機能は、捕鯨現場の労働環境改善と作業の近代化を象徴する技術革新です。
室内解体システムで実現した衛生的な鯨肉処理
これまで捕鯨母船の多くは、甲板上での屋外作業が主流でしたが、「関鯨丸」ではすべての解体作業を屋内で行うシステムを採用しています。これにより、外気や海水による汚染を防ぎ、温度管理のもとで衛生的かつ高品質な鯨肉処理が可能となりました。
また、作業動線を見直すことで作業員の安全性も向上。解体ラインの照明・換気・排水構造にも最新の設計が施され、衛生基準の高さは国内食品工場レベルに匹敵します。このシステムは、捕鯨母船としての「食品加工設備化」を進めた画期的な取り組みと言えるでしょう。
冷凍コンテナ40基を活用した温度帯別の保管管理
「関鯨丸」には、40基以上の冷凍コンテナが搭載されており、鯨肉を温度帯別に分けて保管できる仕組みを採用しています。このシステムによって、部位や用途に応じた最適な温度管理が可能となり、鮮度と品質を長期間維持できます。

また、冷凍設備には最新の省エネ機構を導入。電力消費を抑えつつ高い冷却能力を維持し、環境への負荷を低減しています。その結果、捕鯨から流通までの品質一貫管理が実現し、消費者へ安定した高品質な鯨肉を届けられるようになりました。
ドローンデッキ・個室居住区など乗組員支援機能
「関鯨丸」では、作業効率だけでなく乗組員の快適性と安全性にも徹底的に配慮されています。上部デッキにはドローン発着エリアを設け、航行中や操業時の監視・連絡支援に活用。海上での安全確認や捕鯨支援における即応性を高めています。

また、居住エリアは従来の相部屋型から全室個室化を実現。長期航海でもプライバシーと休息を確保できるよう、ベッド・デスク・収納・Wi-Fi設備などを完備しました。食堂やリクリエーションルームも整備され、働く人に優しい環境づくりが徹底されています。


こうした取り組みは、捕鯨母船という枠を超えた快適に働ける海上プラットフォームとしての新しい形を提示しています。
竣工式と関係者の声
2024年3月29日、山口県下関市の旭洋造船株式会社で、捕鯨母船「関鯨丸」の竣工式が盛大に行われました。

会場には、共同船舶株式会社の関係者をはじめ、造船所の技術者、地元自治体や水産関係者などが多数出席し、日本の捕鯨再出発を象徴する一隻の誕生に会場全体が期待と感慨に包まれました。
共同船舶株式会社の代表取締役社長・森英司氏は式典の挨拶で、
「関鯨丸は日本の商業捕鯨を未来へつなぐ希望の船です。捕鯨文化を守りながら、安全で衛生的な操業を実現し、次の世代に誇れる船にしたい」
と語り、国産技術と捕鯨文化の融合への強い思いを示しています。
建造を担当した旭洋造船の関係者も、
「日本の造船技術の粋を結集して建造しました。捕鯨母船という特殊船の建造は挑戦の連続でしたが、国内技術で完成させたことは大きな誇りです」
とコメントされています。国産造船の技術力を世界に改めて示す機会となりました。
式典では、船体に掲げられた日の丸と「関鯨丸」のロゴがお披露目され、テープカットや安全祈願も実施。最後には出席者全員による記念撮影とともに、関鯨丸の船笛が港に響き、新時代の捕鯨を担う船の門出を祝いました。

この竣工式は、単なる完成報告にとどまらず、日本の捕鯨の歴史と未来をつなぐ節目の瞬間として、多くの人々の心に刻まれたのです。
ナガスクジラも捕獲対象に!オホーツク初漁と「関鯨丸」受賞の背景
2024年6月、水産庁の水産政策審議会は、商業捕鯨の対象にナガスクジラを追加する方針を正式に了承しました。ナガスクジラは世界で2番目に大きいヒゲクジラで、半世紀以上にわたり商業捕鯨の対象外となっていましたが、資源量の安定が確認されたことを受けて約50年ぶりに捕獲が解禁されました。捕獲枠は年間59頭で、オホーツク海や北海道沖など北方海域での操業が認められています。
この歴史的な再開の中心となったのが「関鯨丸」です。関鯨丸の船団は2024年8月1日、ナガスクジラを岩手県沖の排他的経済水域(EEZ)内で捕獲しました。
また、関鯨丸は2024年5月21日、日本船舶海洋工学会が主催する「シップ・オブ・ザ・イヤー2024」漁船・調査船部門賞を受賞しました。世界で唯一稼働中の捕鯨母船として、解体・加工工場を船内に備えた構造や環境配慮型設計が高く評価され、技術性・芸術性・社会性の三点で優秀と認定されたものです。
また、オホーツク海で捕獲されたナガスクジラの肉が豊洲市場で初めて一般公開され、「脂が上質で柔らかく、最も美味しいクジラ肉」と評価されたことも紹介されています。
これらの出来事は、日本の商業捕鯨が新たな段階に入ったことを示す象徴的な成果となりました。
未来へ挑む「関鯨丸」──これからの捕鯨と次世代への継承
「関鯨丸」の誕生は、日本の捕鯨が新たなステージへ進む転換点を示しています。これまでの経験と伝統を受け継ぎつつ、安全・衛生・環境に配慮した操業体制を実現し、持続可能な捕鯨のあり方を追求する象徴的な一隻です。
船内設備には、作業効率化だけでなく「鯨の命を余すことなく活かす」という捕鯨文化の精神が息づいており、最新技術の導入によって資源管理や品質保持の精度も一段と高まりました。
さらに、2025年3月には水産大学校の学生が船内を見学し、捕鯨の現場や最新設備を体感。こうした取り組みが、次世代を担う人材育成にも繋がっています。
「関鯨丸」は、伝統と革新を融合させ、「海と人が共に生きる」持続可能な捕鯨の未来を切り開く、日本の新たな挑戦の象徴なのです。